200912 横須賀水中処分隊(15)『YOKOSUKA軍港めぐり』 「機雷桟橋」
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2009年12月16日(水)『YOKOSUKA軍港めぐり』にて「機雷桟橋」 海上自衛隊横須賀警備隊「横須賀水中処分隊」の皆様

あと2週間ほどで2009年も終わろうとしています.実にさまざまな出来事(事柄)のあった1年でありました.『YOKOSUKA軍港めぐり』に初めて乗船したのは,定期就航の日から1ヶ月半が過ぎた頃でした.何か…事情があって(思い出せないのですが),即座に乗船できなかったのだと思います.ようやく10月31日に初乗船.初めてですし,事前にweb等にて情報を検索せずに乗船しました.横須賀本港内は約2ヶ月前の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放『ヨコスカサマーフェスタ2008』,ヴェルニー公園より見学出来ていましたが,こちらの機雷桟橋は見えません.後に『サマーフェスタ2008』の記録に写っていた事が判りましたが.機雷桟橋は『YOKOSUKA軍港めぐり』出航から,丁度30分の地点です.10月31日の記録を再確認すると,全く何も知らなかったのですが,ちゃんと?Sea friend V号さん2Fデッキ右側に立っていたようです.新井掘割水路を抜ける頃…前方には砕氷艦「しらせ5002」号さんが見えて参ります.初乗船者は,「しらせ5002」号さんとお隣の海洋観測艦「にちなん」さん,「すま」さん,曳船YT60号さんを撮っていました.そして,写真は突然,機雷桟橋の「機雷」に変わっています.丁度,機雷が真横に来た地点で「はッ!」と気付いたようです.もし…左側に立っていたとしたら,気付けなかったかもしれません.幸いにも,初乗船の日に機雷桟橋に気付けたのです.もし,その時,機雷桟橋に機雷と処分艇さんが存在していなかったとしたら?以降,どなたもいらっしゃらずとも,乗船する毎に機雷桟橋を記録し続けました.「ここに横須賀水中処分隊さんがいらっしゃる」と.実際に,機雷桟橋上に横須賀水中処分隊の皆様が「ご登場」になられるのは,約3ヶ月後(既に1月末頃から付近にいらっしゃる際が記録されていますが).

機雷桟橋=横須賀水中処分隊の皆様.機雷桟橋は「出発点」なのです.また,機雷桟橋は極めて日常との「接点」でもあります.すぐ近くには,いつも多彩な乗用車さんがたが並んでおられます.「乗用車」は極めて日常です.でも,すぐ隣(後ろ)には機雷が日常的に吊られています.訓練用とは云え,機雷です.「言葉(単語)」としては知っていても,実際に目にする機会は殆どない筈です.この地点は,『YOKOSUKA軍港めぐり』コース内で,最も距離の近い地点でもあります.手が届きそうです.この距離に機雷が存在する意味.私たちは「自分には機雷は無縁のもの」と思っているかもしれませんが,海に潜む「危険」を象徴するのが機雷桟橋の「機雷」であり,その危険を日常的に私たちに無言で「警告・忠告・喚起」していると思っています.決して「遺物の展示」ではないのです.そして,その「危険」に接しておられる方々がいる事…私たちは日々,「常に護って戴いている」と云う意識が薄過ぎるのでは?と思うのです.ただ…直に接する機会が限られてしまうと,どうしても判らなくなってしまう.まして,知らなかったり.

「出発点」であり,「最も近い接点」.それが「機雷桟橋」なのです.時折,機雷や処分艇さんがお留守の時もありますが,機雷桟橋がお留守であった事はありません.最も近い接点.だからこそ,常に記録し続けているのです.
by stbrristol | 2009-12-18 01:50 | ┣横須賀水中処分隊


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